読書の旅:メルヘンな表紙に誘われて


先日、わたくしめのYouTubeでUPした、

村田沙耶香さんの『丸の内魔法少女メルクリーナ』について、読了メモ。


こちらは2013年から2019年に書かれた4つの短編、

‪ 表題他、『秘密の花園』『無性教室』『変容』が収録。 

装幀は、名久井直子さん。装画、原裕菜さん。

わたしは、名久井さんの装幀が大好きで、

店頭で表紙をぱっと見ただけで、

その本の中身が気になってそわそわしてしまうんですよね。

個人的にツボなデザイナーさん。

いつも素敵な表紙を作り上げていらっしゃる。


さらに帯をみれば萩尾さんのコメント付き!

これは期待値は高まるばかり。

そして、村田さんの本は結構前に 「殺人出産」を読んで以来!

帰国したら、 また読んでみたいなと思ってきました☺︎︎



【感想:ネタバレ注意】

わたし的には、 

『秘密の花園』『無性教室』が面白かった。

この2つの作品で、

登場人物を介して感じ取るテーマは、

まず、妄想、思い込み、といったキーワードかな。

それらがポジティブに働くときもあるけれど、

他人や自分を苦しめる材料になることも多々あって。

そんな複雑な感情を登場人物を介して一緒に感じてみたり、 

(想像してみたり)

時に、あなたにもそんな部分があるじゃない? と、

こちらの胸をノックしてきたりと、 

そんな数日間をこれらの物語と一緒に過ごしたよ。



特に印象に残った作品は『無性教室』。

 “性別禁止”を掲げた高校に通うユートという生徒を主人公に、 

「性別とは?」「恋愛における性とは?」を問いかける 

ちょっと社会派な視点を盛り込んだ作品。  


ユートは同級生で、仲良しグループのセナに思いを寄せていて、

気持ちが高まっていくほど、相手の性別を知りたくてたまらなくなり、 

コソコソと裏で確かめるような行動をとり始め、 

徐々にエスカレートしていく...というのが大まかなあらすじ。 


このセナという登場人物がなんだか興味深い子で、

性別を捨てているというか、 

そういった定義から遠く離れたスタンスをとっているというか、 

その在り方ゆえ、

恋愛するうえで、 “性別”を知るって必要なこと?と問いかけてくる。


どちらかの性を明かせば、 

好意を持って近寄ってきたある人は去り、ある人は留まる。 

それって、自分を好きだということではなく

 “性別”と恋愛をしているのでは?ということじゃないかと。   

その考えは肉体にも及ぶので、

性器に性別はなくなり、

その名前さえも存在しなくなる。 

どこまでもプラトニックな世界、どこまでも不透明、 

でも同時に、この境界のなさに 限りなくピュアなものを見たように感じました。 


わたし個人の話をすれば、

自分の性別に対して深く考えたことはない。

でも、思春期のころ、自分の意志に反して女になっていく身体が、 

とても嫌だったことを覚えている。 

大人になるにつれて自然と消えていったけど。

(あきらめたのか受け入れたのか分からないけど笑)

でも女という性別の中に自分がいるのではなく、 

あくまで性は、自分という人間の中のある一部分 と、

捉えてきたように思う。

しっかり向き合ったことがないので、すごくもやっとしているから、 明確に定義することはできないけれど、

でも、今は女性であることはなんか好きだし、 それを楽しんでいるとも思っている。


自分で自由に性を選ぶことが認められるようになった今、 

浮かび上がる男とは女とは、 

そして、どちらでもない、どちらでもある、の多様化する世界の中で、 

あなたは“わたし”が好き?

っていうセナの問いかけ、 なんだか深く印象に残ったな。


4編とも現実世界のどこにでも存在する場所で、

少々有り得ないともとれるようなシチュエーション、その中で、


現実と虚構の間をわたし自身とも向き合いながら、 行ったり来たりした数日感の旅。

また、次のこころの旅に出ています♥


では☺


ART LIFE

自分らしく生きる、 生き方をアートする。